熊野参詣道中辺路 - 大日越 (2)

「わかやま観光情報」に拠る標準コースタイム およそ1時間

大斎原 --5分-- 大日越登り口 --20分-- 月見ヶ丘神社 --10分-- 鼻欠地蔵 --20分-- 湯峯王子 --5分-- 湯の峰温泉

 GPSログによる足跡を地理院地図に重ねたルートマップです。ボタンやマウスでの拡大・縮小や表示範囲の移動ができます。モバイル端末ではスワイプやピンチで操作してください。

 ルートマップ全体図は下のリンクボタンで開きます。レポートに戻るときは、ブラウザやスマートフォンの「戻るボタン」か、右下の「山行記録に戻る」ボタンで戻ってください。

写真のキャプションにアイコン がある場合は、画像をクリックすると拡大表示します。拡大画像の画面は、パソコンの場合は画像下のバーの < > で、モバイル端末ではスワイプで画像を順番に見ることができます。
石段の登り
石段の登り
登りが続く
登りが続く
登山道
登山道
月見ヶ丘神社までもう少し
月見ヶ丘神社までもう少し

 ずっと石畳や石段が続くわけではなく、登山道の様になってきた。傾斜が少し緩んで楽になる。登山道で出会った人たちは大体日帰りハイキング程度の足拵えと服装、装備である。大きなザックの人はいない(^^;

 服装から見るとハイカーらしいのだが、なんと小さなポーチを持っただけの若い女性が軽快に登っていった。まるで「ちょっと湯の峰温泉まで、ひと風呂浴びに行ってくるね」という雰囲気だった。戻って来るところに出会わなかったので、本当に行っちゃったらしい(笑)

月見ヶ丘神社

月見ヶ丘神社
月見ヶ丘神社

〔13:25~13:35〕月見ヶ丘神社:苦しい登りでときどき足が止まるので(夫は私を待つので)、標準タイムで20分の登りに50分かかってしまった。ザックの重さと私の非力を考慮しても、「わかやま観光情報」での標準タイムは短すぎる感じがする。事前の下調べでのネット情報でも、大日越を歩いた人の多くは2時間くらいかかっているようだ。

 樹齢300~400年ともいわれる巨木に囲まれて薄暗い感じの月見ヶ丘神社前では、数人のハイカーが休憩中。外国人女性もいた。

 月見ヶ丘神社は正しくは「月見岡神社」で、熊野本宮大社が管理している境外摂社である。木造の大日堂内には鎌倉時代の秀作である坐像の石仏が安置されていて、中世の熊野信仰、そして明治の廃仏毀釈が徹底していた本宮の地においてこのような石仏は非常に珍しく、和歌山県の文化財に指定されている。

鼻欠地蔵への登り
鼻欠地蔵への登り
巻き道になる
巻き道になる

 月見ヶ丘神社からも相変わらず急な登りだ。しかし鼻欠地蔵まで登れば後は下りになる。それを励みに登っていく。

 ひたすら登りが続いた坂道が、緩く山腹を巻く道になった。かと思えばまた登る。しかし登り一辺倒よりは楽である。

鼻欠地蔵

鼻欠地蔵
鼻欠地蔵

〔14:05~14:20〕鼻欠地蔵:月見ヶ丘神社からは標準タイムで10分なのに、30分かかってしまった(^^;

 説明案内板があるのに肝心の「鼻欠地蔵」がどこにあるのかわからない。木漏れ日が邪魔をして見えにくいが、大きな岩をよくよく見ると菩薩の座像の形が見えてきた。そうか、磨崖仏なんだ。右隣に彫られた立像の菩薩は、姿が定かではない。幾星霜の風雨にさらされて風化し苔むし、ただの岩に戻りつつあった。

 木漏れ日のせいで撮影した写真はボツばかり(泣)

《案内板の記載》「大日峠の地蔵磨崖仏と六字名号碑」巨岩に座像と立像の各一躰が刻まれた地蔵菩薩像で、この地蔵には、江戸時代の彫刻師左甚五郎が誤って鼻を削いだ弟子の身代わりになったとの伝説が残り、地元では「鼻欠地蔵」と呼ばれています。また傍らには、「南無阿弥陀仏」「興国3年(1342年)」と彫られた六字名号碑が残されています。

アサマリンドウ
アサマリンドウ

 磨崖仏の周辺に青紫色の野の花が咲いていた。見慣れたリンドウとは葉の形状や花の付き方が違い、見たことがない花だった。

 帰宅後に調べると、リンドウ科に属する多年草の「アサマリンドウ」とわかった。紀伊半島南部と中国地方、四国、九州に分布する山野草で、日本の特産種だとのこと。和名は「朝熊竜胆」と書き、三重県の朝熊山で発見されてこの名が付いたという。

 東京在住なのでまったく初見の山野草だった。


拍手ボタンを押してくださると管理人の励みになります。

web拍手 by FC2


画像をクリック(タップ)しても山行記録のページが開きます。

PAGE TOP