山でのエピソードや話題を綴る雑記帳です。気ままな話題を思いつくままに綴っています。

※ ブログがまだ一般に普及していない2001~2002年に、山行記録とは別に「雑記」として書いていた記事です。(2009年10月追記)

Masakoの気ままノート (1)

登山口までの道険し

2001年2月記


 駅やバス停から登山道入り口まで林道・車道を歩くのはウォーミングアップになりますし、うららかな春などはのどかな山里の民家の庭の花を愛でながら、のんびり歩くのも楽しいものです。しかしそれも順調に登山口に到着したならばこそです。実はこんな林道でたびたび道を間違えてしまった経験は枚挙にいとまがありません。気がついて軌道修正できてもその後の予定が危うくなるし、士気にも影響がでて厭になり夫婦喧嘩にもなりかねません。

 原因は、

  • 都市近郊の低山や里山などは林道・里道(生活道路)が発達していて、登山道の入り口まで道が交錯している。

  • 登山口への標識や案内が少ない。あっても里道や車道は家屋や路肩の広告などで目立たずに見逃しやすい。(地元の小・中学校の子供達の手作りの標識がとても有り難いですね)

  • 2万5千分の1地形図には記載されていない林道もあり、とにかくわかりにくい。

  • 緊張感を持たずに歩けてしまうので、お喋りに気を取られていたりの不注意。

 またタクシーの運転手さんが登山口をよくご存知ではなく、気を利かせたつもりで車が入ることができる地点まで林道をずんずん行ってくださったお陰で、結局登山口を探しあぐねて登れなかったという情けない経験(1996年夫神岳/長野・上田)もあります。

 何度も過ちを重ねてその度ごとに反省し、現在位置を地図で確認しながら歩こうと改めて心に誓うのですが…。これからもドジは続きそうです。


“水”に泣いた一日

2001年2月記


 1998年7月下旬に北海道大雪山へ行きました。私たちはテント泊山行はできないので、旭岳温泉をベースにしました。旭岳を往復した翌日は「旭岳ロープウェイ姿見駅~裾合平~当麻乗越~愛山渓温泉」というコースを歩きました。山行のメインとしていたこの日は、あいにく朝からになりました。

 姿見駅で宿でポリタンクに水を入れ忘れて来たことに気がつきました。駅はこの夏のシーズン後にロープウェイの改修工事があるため既に一部工事中です。そのためかトイレは移動式簡易トイレで、またジュースの自販機もありません。水場のピウケナイ沢まで我慢することにしました。この年は全国的に春から初夏にかけてたいへん暑く、高山植物の花は2週間程前に咲き終ってしまっていて、裾合平のチングルマの大群落も既に綿毛でした。咲いていたらさぞ美しいことでしょう。ピウケナイ沢の渡渉は蛇籠が設置してあったので問題はありません。しかしきれいな水がとれる場所へは少し歩くようなので断念しました。その後はテルモスのお湯と持っているハウスみかん2個が頼りです。喉の渇きはみかんをひと房ずつ大事に食べて癒しました。

 当麻乗越から岩ゴロの道を下ると、ビジターセンターでぬかるみがひどいと聞いていた辺りに来ました。ズブズブでした。この最悪のぬかるみは愛山渓温泉への三十三曲がりの下り近くまで続いたのでした。チャポチャポ・ズブズブの道ではスパッツも効果なく靴の中へも浸水しました。沼の平では満開のエゾコザクラとアオノツガザクラの大群落に出会えたものの、沼のほとりに付けられた木道が壊れていたり傾いていて、滑ると沼に落っこちそうでした。沼の平分岐からの樹林帯の下りでは登山道は沢と化し、ヒグマに遭遇しそうな薄暗いなかを声を出したり熊鈴を鳴らしたりしながら下りました。

愛山渓ヒュッテ
愛山渓ヒュッテ

 ようやく愛山渓ヒュッテとクラブの2棟の屋根が見えたときは本当にホッとしたのでした。標準タイムで6時間弱のところを8時間40分かかり、17時40分の到着でした。

 夕食前には温泉にゆっくり入ることができなかったので、食後にもう一度入浴しました。脱衣場には宿泊者が利用できる洗濯機が置かれていました。1回分の洗剤も買えます。泥水でビショビショの靴下とタオル、ティーシャツを洗濯することにしました。少し旧型の2槽式洗濯機でした。洗濯コースを選び洗濯機が回っている間に入浴。脱水ホースを浴室の引き戸の隙間から浴室に倒して排水、再びホースを戻して給水し、給水すすぎのコースに設定して再び浴室へ。

 シャンプーをした後ゆっくり湯船に浸かりました。8時間40分歩いた疲れがじわじわと解けていく至福のひとときでした。う~ん極楽ごくらく…。

 先に浴室を後にした同宿の女性が浴室の戸を開けて「あの~、脱衣場が水浸しなんですけど…」とおっしゃるまでは…。「はぁ?」あんまりノンビリした言い方でしたので、すぐには飲み込めなかったんです。が、次ぎの瞬間には事態を悟り洗濯機の水道に飛びついて蛇口を閉めました。そうです、なんと排水ホースを倒しておくのを忘れたのでした。リノリウム貼りの床はなんと一面の水浸しでした。

 取るものも取りあえず、と言うか着けるものも着けずに、必死でタオルに床の水を吸わせては絞ることを繰り返しました。一糸まとわぬ姿で床掃除(光景ヲ想像スルベカラズ)という最悪の窮地に陥りました。誰かの連絡で従業員(もちろん女性)の方がモップとバケツを持ってやって来て、その有様にビックリしていました。従業員の方も手伝ってくださり、私はようやく浴衣を身に着けて自分の不始末の後始末を続けたのでした。モップと雑巾では間に合わず、水は脱衣所の外の廊下にも浸出していました。仕事を終えることができたのは、タップリ1時間かかった後でした。管理人の方のお部屋へお詫びに伺い損害の弁償を申し出ましたが、有り難いことに許してくださいました。それで従業員さんへのお礼の気持ちを寸志に託して言付けました。

 この間1時間30分あまり、相棒はといえば「長湯だな~」と気にしつつも心配して見に来ることもなく部屋に居たのでありました。中腰姿勢での1時間もの労働で腰は痛み疲れきった私は、「苦労を共にするのが夫婦じゃないの?」と思ったのでした。それにしても翌朝にはすっかり疲れも癒えて、元気に黒岳へと向かえたのも温泉のお陰でしょうか。


熱中症

2001年6月記


秋田駒ヶ岳から乳頭山(左手)
秋田駒ヶ岳から乳頭山(左手)

 1997年7月下旬、秋田駒ヶ岳に登った翌日は、乳頭温泉の孫六の湯の宿から乳頭山(烏帽子岳 1478m)に登っていました。登り始めから年配の男性3人組みと一緒。標高が低く樹林帯の登りで風がそよとも吹いてくれません。暑い!汗がドッと吹き出ます。当初はみなさんとおしゃべりしながら楽しく登っていたのですが、彼らのペースに合わせようとしたためか(それ程速い訳ではないのですが)、急登が続くうちに歩みが遅くなりました。

田代岱から秋田駒ヶ岳
田代岱から秋田駒ヶ岳

 休み休み登ってやっと乳頭山の姿が目の前に。しかし樹林帯を過ぎて今度は炎天下の登りです。暑くて頭がぼーっとして眠くなってきました。歩きながらもウトウトしてしまう状態。腰をおろして大休憩しても体力が回復しません。汗は“冷や汗”に変わり、気分も悪い。仕方なく山頂下の分岐でリタイアを決意しました。分岐から予定していた下山コースの田代岱へ下りて、田代岱に建つ立派な無人小屋の中のベンチに半時ほど横になり、ようやく回復したのでした。

 猛暑の日、汗をかけばかいた分充分水分を摂らなければならないことは解っていました。しかしやはりトイレを心配のあまりセーブして飲んでいました。その結果体温調節のための汗もでなくなり、軽い「熱中症」になっていたようです。無理をせず充分休んだ後下山して事なきを得ましたが、目の前に山頂があり、山頂上に先のグループのたたずむ姿さえ見えるのに諦めるのはとても残念でした。夫にも迷惑をかけました。

 その後は登山中は夏場に限らず 充分な水分補給 を心がけるようにしています。それでもバテるのは問題は別にあるような気もいたしますが…。トレーニングしなさいとの陰の声が聞こえますが、とにかく暑さは苦手!


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