余計な前書き 「21世紀の幕開け」は山で迎えたい、私たちのレベルで楽にご来光を望める事ができるのはやはり大菩薩峠だろう……ということで、峠に建つ山小屋介山荘に年末早めに予約を入れた。95年8月に宿泊した折はたまたま宿泊者が少なかったため、かなり良い待遇を受けて気に入った山小屋である。カレーライスと山菜の天ぷらの夕食も美味しく、ワインの特別サービスつき、寝具は旅館のように清潔で上げ下ろしさえしてくれてビックリ。何より二代目ご主人のご家族3人で、一生懸命お客をもてなしてくださる姿勢に感激して、初めての大菩薩、初めての山小屋泊まりが良い印象の思い出になっている。

 出発2、3日前の天気予報では大晦日は雨、初日の出も難しそうとの事だったのに、出発前夜の予報では元日は晴れそうになってホッとした。

 朝の塩山駅前バス停では並んだ人たちと話が弾み、やはり年越し登山ということで普段とは少し違う感じがする。別の山小屋に宿泊される方からタクシーの相乗りを誘われた。冬期はタクシーは行かないのだが、実は迂回する林道で行くことができるのだとか。しかし「タクシーに乗ったら歩くところがなくなってしまうから」とお断わりした(ちょっと心が揺れたが…笑)。

 さてバスの中でのこと。後ろの方に座ると最後列に座っていた若者3人組の一人に「明日は晴れるのですか?」と尋ねられた。新しい予報を伝えると彼は「良かったぁ!マリちゃんとカウントダウンに出かけるのをやめて山にしておいて」な~んて言うのである(笑)。 彼らは避難小屋泊まりだそうだ。

介山荘へ

1日目 12月31日 / うす曇

標準コースタイム 3時間10分

大菩薩登山口(裂石) --30分-- 千石茶屋 --1時間30分-- 上日川峠 --20分-- 福ちゃん荘 --5分-- 富士見山荘 --45分-- 大菩薩峠介山荘

 歩いたルートを地理院地図に重ねた地図です(GPSログによる足跡ではありません)。ボタンやマウスでの拡大・縮小や表示範囲の移動ができます。モバイル端末ではスワイプやピンチで操作してください。

 ルートマップ全体図は下のリンクボタンで開きます。レポートに戻るときは、ブラウザやスマートフォンの「戻るボタン」か、右下の「山行記録に戻る」ボタンで戻ってください。


〔10:00〕大菩薩登山口(裂石)出発:バスを降り夫の支度を待つことしばし、いつものように最後での出発。念入りに準備体操をしていた例の若者3人組の後を追った。暑くなって上着を脱いでいる彼らに追いついたり、再び追い抜かれたり。雲峰寺の前で抜かれた時に「私たち遅いのでもう追いつけないと思います。では良いお年を」と挨拶したら、「僕らも遅いからまた会いますよ」と返された。重そうなザックだものねぇ。

 私たちのザックは彼らと比べ物にはならないが、防寒着、2日分の昼食などでいつもより重くて、夫は重い重いとこぼしながら歩いている。5年前この車道の歩きはカンカン照りでつらかったなぁ、と思い出しながら歩く。丸川峠分岐を見送り舗装の車道が終わると千石茶屋に到着した。山行の思い出に関しての記憶力抜群の私は、何も覚えていない夫に呆れるが、千石茶屋の佇まいに夫も記憶を呼び戻したようだ。

 「こんなえぐれた道を歩いたっけ?」登山道を行くようになると私の記憶も定かではない。

 落ち葉が厚く積もっているのでラッセル?しながら登って行くと、登山道にも雪を踏むところが現れてきた。右手が開けた第一展望台で数人が休憩中で、すすめられるまま腰をおろしておしゃべりタイム。みんな先ずは「雨が降らずに良かったですね」の言葉を交わす。同じ介山荘に泊まる人ばかりで、例年の忘年会の様子だとか宿泊者の数だとかの情報交換やら。皆ノンビリした顔をして「急ぐ旅じゃなし」という雰囲気なのだった。「ではまた後ほど!」と挨拶し彼らを見送った。

上日川峠のロッジ長兵衛
上日川峠のロッジ長兵衛

〔13:10~13:25〕上日川峠:第二展望台のベンチで簡単な昼食を済ませた後は、少し急登もあって上日川峠が見えてくるまで長く感じた。夏に来た時の記憶ではドライブ客などもいて賑わっていたロッジ前のベンチは今日は静かで、先に行ったあの若者3人組がソーセージを炒めたりして食事の支度をしていた。駐車場前に開けた展望台で少しもやっているが白い南アルプス連山が見えた。ロッジ長兵衛ではうどん・そばなどの看板があり、昼食の用意は要らなかったようだ。ここ上日川峠まで何度か抜きつ抜かれつだった3人組とは、ここが最後のご縁だった。

 上日川峠の先に冬期通行止めのゲートがあり、自家用車で来た人たちも登りだしていた。林道と登山道それぞれを同じ福ちゃん荘へ向かう人達が登っている。私たちはカラマツ林の中の登山道を登った。

富士見山荘前からの富士山
富士見山荘前からの富士山

〔14:10~14:15〕富士見山荘:福ちゃん荘は5年前と比べ建て直されているような気がした。ここから唐松尾根を行く人を横目に、「急ぐ旅じゃなし」と言いながらまたもや休憩をするふたりだった。富士見山荘に差しかかりアッと声を上げた。富士山が大きく見える!何故か5年前のここの展望は記憶に無い(富士山は見えなかったのだろう)ので、不意打ちにあった気分だった。

 勝縁荘も過ぎやがて現れた最後のゆるやかな登りはふたりともよく覚えていた。左の笹原の斜面にヤナギランが咲き乱れ「まあだかなぁ」と思いながら歩いていたら介山荘が眼に飛び込んできてうれしかった事…。

〔14:10~14:15〕介山荘到着:ポイントごとに休憩してノンビリ登った今回も、暑さに喘いで登った5年前とさして変わらぬタイムで介山荘に到着した。

介山荘での忘年会

 小屋では人がごった返しすごい盛況だった。介山荘ご主人の息子さんの“三代目”さんが元気な声を張り上げてそれぞれを案内する。5年前より貫禄ついたなあと思う。とりあえず2階の部屋で夕食の時間まで一休み。通常の夕食時間を早めて4時半からの夕食は外の別棟の食堂で、年越そばとうどんがお代わり自由の食べ放題だった。他におかずのお皿と御飯も。部屋に戻る時、ガスに滲んだ夜景がきれいだった。6時半、忘年会の用意が出来ましたとの声に階下大部屋に下りていった。 

 同じテーブルで一緒になったのは、登る途中の第一展望台でおしゃべりした同年代のご夫婦で、三代目のファンだという明るい奥様と物静かなご主人、ここ数年の常連だというアマ・カメラマン氏と奥様、ハイキングの会のリーダー氏とお友達、既にお酒が入ってご機嫌の中年男性二人組みだった。樽酒の盃(もちろん使い捨てコップだが)が配られて全員で乾杯。テーブルには一升瓶の日本酒とこれも一升瓶入りの「塩山ワイン」がドンと置かれ、大根の漬物の小皿も配られた。常連さんたちがエプロンやハッピ姿で慣れた様子で手伝っているのに感心した。

 小屋の二代目ご主人と三代目息子さんの挨拶の後、ビンゴ大会で一気に盛り上がる。賞品は75人の宿泊者に対して41個も用意され、2人に1人は当たる確率。しかし何が入っているのか大きな箱や重そうな湯飲み茶碗、極めつけは長い雨傘など当たったら困るかなの品もあり、「当たったら嫌でも持って帰って下さいよー」とあらかじめ釘を刺されてしまった。私は早い段階でビンゴ!同点の5人でジャンケンになり最後の1人の男性と勝負となった。あいこが続いて勝負が決まらない。すかさず三代目から「後でふたりでデュエットだな」の声が飛ぶ。結局ジャンケンには負けたが、賞品の包装を開けたら「イヤーウォーマー」だったので満足。夫は結局当たらず終いであった。

 同じテーブルのハイキングの会リーダー氏は、偶然私たちの住む町と遠からずの街で飲食店を営んでおられるとの事、ナント活きの良いお刺身の盛り合わせを持参され私たちにも勧めてくださるのだ。せっかく担いで来られたのを恐れ多くてと遠慮しつつも、お相伴にあずかった。山小屋で新鮮なお刺身で飲むな~んて思ってもみなかった。お酒が好きな夫は日本酒、地酒「七賢」を、お酒が弱い妻もワインを飲みながら皆とおしゃべりを楽しんだ。1年おきに忘年会の常連となるという謎のコーラスグループがあり、指名を待つまでもなく前に出ての歌の披露。上手なハーモニカやオカリナの伴奏つきであった。「茶碗だせ!お椀だせ!」のゲームになり、罰ゲームは三代目のキス!…なのだが、敗者は男性だったのだ(笑)

 三代目さんのまみちゃんこと真路さんは大きな声は父親譲りで、きびきび・テキパキの仕事振りが好もしい。リピーターが多い一因かも知れない。しかし彼が生まれる前よりずっと以前、二代目が学生の時代からのお客で、今年の忘年会参加は40数回目という常連さんがいらっしゃる事にも驚いた。

 とうとう夜10時のおひらきまで楽しんで2階に戻った。布団が部屋中に敷き詰められてはいたが、一応1人一枚の割り当てだった。


登山データ

大菩薩峠:標高 1897m(大菩薩嶺 標高:2057m)


場所 山梨県


アクセス

JR中央線塩山駅下車バス27分大菩薩登山口(裂石)バス停


山行日 2000/12/31-2001/01/01

拍手ボタンを押してくださると管理人の励みになります。

拍手する


画像をクリック(タップ)しても山行記録のページが開きます。

PAGE TOP