立山
雪渓とお花畑と剱岳の眺め
| 【余計な前書き】 ちょうど10年前の1994年7月29日、私は室堂にいた。夫の長期海外研修旅行の間を利用して、一人で旅行会社のハイキングツアーに参加したのだった。ツアーは「雄山御来光登山組」と「室堂平ハイキング組」で構成されていた。まだ夫婦での山歩きを始めて間もなかったので、一人での「雄山登山」ツアー参加は夫に許可されなかった。天候に恵まれたハイキングは楽しかったが物足りなくもあった。登山ガイドさんから、室堂平をぐるりと囲む立山連峰は一日で歩けるコースであると聞き、いつかはあの稜線上を歩こうと思った。それにもまして私が惹かれたのは、低いけれどたおやかな緑の稜線だった。見上げて思った…あの上を歩いたらどんなにか気持ちが良いだろう。そのツアーで宿泊したのは雷鳥沢にある「ロッジ立山連峰」だったから、その稜線は「室堂乗越」だったのだろう。それより遡ること11年前、1983年7月28日にも私は「立山」に来ている。夫婦での観光旅行だった。私にとって初めての立山はその姿を見せてくれなかった。雨で視界ゼロだったのである。外には出ずに立山ホテルで食事をした後、ホワイトアウトのなかを高原バスで美女平へと下った。あれから21年、私たちは「立山」に登り、室堂乗越の稜線を歩くために再び室堂にやって来た。 |
![]() 黒部ダムの放水 |
| 1日目 7月28日(水) |
立山黒部アルペンルートでの乗り継ぎがスムーズに行くのか混むのかがわからないため、仮に遅くなっても良いように室堂平泊まりとした。信濃大町から扇沢行きのバスはガラガラ。猛暑の東京から扇沢に到着すると、涼しい風が心地よかった。アルペンルートの乗り継ぎでは待ち時間もなくいたってスムーズ。途中大観峰の展望台に上がって後立山連峰の展望を楽しんだ。室堂到着は14時前。これなら一ノ越山荘まで行けたねなどと話しながら室堂山荘へ向かった。
私たちの前にチェックインの手続をしている女性が男女混合の相部屋だと知って困っていた。連れの女性が神経質なので、なんとか個室か、せめて女性だけの相部屋小屋にしてもらえないかと頼み込んでいた。室堂山荘はターミナルから遊歩道を20分ほど歩けば来られ、旅館並の大浴場もあり「山小屋」と思わないで泊まりにきたのかも知れない。もちろんなんとかなるはずもない(ハイシーズンを除けば個室予約可)。私たちの部屋はロビーの上の、普段なら従業員用の部屋だった。奥の棟は学校登山で来ている岐阜県の中学校が占領しているためだった。10人部屋に私たちを含め4組の夫婦でまぁまぁ快適。
→室堂山荘
![]() 室堂平 |
![]() 室堂山荘 |
![]() 玉殿の岩屋 |
荷物を持たずに近くの「玉殿の岩屋」へ行く。後から来たハイキングツアーの団体さんに混じってしまった。雪渓を渡り急な坂を下りていくと板状節理の崖に祠が祭られている岩屋がふたつ。奥の岩屋が「玉殿の岩屋」である。立山開山の祖、有頼がこの岩屋にこもって修行中に、阿弥陀如来に立山を開くように告げられたと伝えられている。奥でヒカリゴケが蛍光色の光を放っている。岩屋のすぐ先の行き止まりまで足を延ばすと、修行僧が打たれて修行する滝がある。ヒカリゴケも滝も私たちだけなら気がつかなかったかもしれない。ツアーのガイドさんの説明をちゃっかり一緒になって聞いたお陰である。












